Jun 19th, 2006

雨の日曜日

あれは、幼稚園の頃だったか…
雨がしとしとと降る日曜日だった。
食卓にはガラスの平皿に並べられたスライスしたキュウリとトマト、ツナ。そして母がトーストしたパンを手渡してくれる。
パンにそれらの野菜を自分で乗せて食べるのが当時の我が家の日曜日の朝の常だった。
時にはホットサンドの場合もあったけれどたいていはトーストだった。そして紅茶。紅茶を入れるのは父の役目だ。
そういえば小学生の頃、紅茶に牛乳を入れると言ったらまるで貧乏なうちかのような扱いをされた(コーヒーフレッシュを入れるのが普通だというのが彼女の主張だった)が、大きくなって紅茶は牛乳が正しいことを知ったときにはすでにそのことを一体誰に言われたのか思い出せない過去になっていた。ちょっと悔しい。
ラジオからはNHKの日曜日の朝の番組が流れている。すりガラス越しに見えるどんよりした外の風景とはうらはらに、いかにも爽やかな日曜日を演出したオープニングテーマだ。こんな天気のときにはなんとなくしらじらしく耳に響く。
外は降り止まない雨でどんよりと薄暗いけれど家の、食卓だけは明るくて、安心できる場所に感じられた。

場面が変わって、しとしとと振る雨の中、あたしは長靴をぬかるみでぐちゃぐちゃさせながら白い建物に向かって歩いている。
その建物は水族館だ。
しとしとと薄暗い外の空気に呼応するかのように薄暗くなんとなくじっとりと陰気な空気を孕んだ水族館であたしは円柱型の水槽の中のタツノオトシゴをじっと見つめている。
「タツノオトシゴってお魚なの?」その時母がどう答えたかは覚えていない。
そのタツノオトシゴの入った円柱型の水槽、出口のお土産コーナーに売られていたたくさんのキーホルダー(その中には鮮やかなオレンジやキミドリ色で、中にタツノオトシゴが入ったものもあった)、窓からは相変わらず薄暗い雨空が覗いている…それがあたしのほんとうに小さな頃の雨の日曜日の風景だった。

…というわけで雨の中、水族館に行ってきました。
ああ、長い前置きだこと。
以下、ムダに長い水族館レポートをお楽しみください…。

水族館はこどもの頃の記憶よりずいぶんキレイになっていたけれど、展示されている水槽やレイアウトは変わっていなかった気がしました。キレイになっていたといっても入り口の看板の文字がキレイになっていた(でも書体は昭和のニオイ。というかカトウ氏曰く“高校の文化祭を思わせる文字”)とか、タツノオトシゴなんかが展示されていた円柱型の水槽のガラスがぴかぴかだったとかそんなレベルでしたが、
行ったのが雨が上がった午後3時半だった(そして閉館は5時)せいか予想していた子連れファミリー客は見かけず、ショッピングセンターでよく見かけるような手をつなぎたがる若いカップルとおじちゃんおばちゃんたちばかりでした。

mihoaqua01.jpgタツノオトシゴやその他変顔の魚たちの展示スペースを抜けるとそこはメイン(と思われる)のおおきな水槽が現れる。

ちょっと広めのワンルームマンションほどの広さの“海”は“サンゴの海”、“岩礁の海”、“砂底の海”の3つの海で構成されている。但し、その住民はすべて同じである。
もしかしたら気付かなかっただけでもうひとつくらい海があったかも知れない。
ちなみにこの水族館は大学が経営している。きっとこれらにもあたしには理解不能な学術的観点に基づく綿密な計算が行われているのだろう。

mihoaqua02.jpgついつい“三枚に下ろして鉄串を刺して軽く炙り、土佐酢で美味しいヤツ”ばかりフレーミングしてしまう。
“サンゴの海”と“岩礁の海”と“砂底の海”を縦横無尽に泳ぎ回る(所要時間およそ30秒)ニクイやつ。

mihoaqua03.jpgサメもいる。微妙に背後に写ってるんだけど見えるだろうか?エイもいた。

“海はみんなのものさ、海の中では皆平等なのさ”
とでも言わんばかりになんでもありな海。

“サンゴの海”近辺にはワカメも生えていた。

mihoaqua04.jpg大きな水槽のスペースを過ぎると今度は小さな水槽がいくつも並ぶ。
デジカメを携え、まわりのカップルとはまたちょっと違った空気を放つ2人組に触発されたのか、おじさん2人組もケータイで水槽の魚を撮影しだす。
閑散とした館内にケータイカメラのひょうきんなシャッター音が響いた。

どうでもいいけれど、デパートの屋上の熱帯魚やさんとの違いを説明しろと言われたとしても“売ってる”か“売ってない”かの違い以外に答えが思い浮かばない。

mihoaqua05.jpgクラゲはミズクラゲのみ。
どこもかしこも水槽のサイズに比べてやたらと過密している。
静岡人のちょっとポイントがずれた気前のよさがここに表れている気がしてならない。

mihoaqua06.jpg「やぁ、僕、フグ。」

駿河湾の東側では彼の仲間がぱんぱんに膨らめられ、堤燈として鄙びたみやげもの屋の軒を飾っているのである。


mihoaqua07.jpgマイワシ。
どうしてもシャッタースピードが遅くてぶれぶれになってしまう。実際の3倍増量。
しかしながら水槽のどこを見ても同じレベルにマイワシが詰まっていた。(美味)

mihoaqua08.jpg「なんだかいつもよりもアゴの下が柔らかい気がするけどさ、気にしないよ。
なんたって僕は駿河湾育ちだからさ。」(美味)

「…なんだか頭が重い気がするけど…まぁいいか、日曜日だし。」

mihoaqua09.jpg
罰ゲーム中。ぶれずにまともに撮れたのはこいつらくらい。

水槽の魚の名前に添えられた説明コメントは水族館のひとたちの嗜好が表れたのか、“美味”や“冬に美味い”といった言葉でしめくくられていることが多かった。最初のほうは“美味”だけだったのが出口に近くなるにつれ“夏に美味”とか“食べられる”(←おそらく味として好みではなかったと思われる)、“高級食用魚”などと具体的になっていったのが印象的だった。

半分冗談で水族館を出たら同じ魚を食べさせる生簀料理の店でもあるんじゃないかと思ったがやはりなかった。残念である。
ちなみにこのエントリを書いている間、何度も“魚”が“肴”と変換されてしまい困った。

こどもの頃の記憶よりもハンパにキレイな施設になってはいたけれど、展示されている魚たちのうきうき感のなさはやはり当時のままでした。また少し忘れかけた頃にでも今度はちゃんとゆっくりと行きたいなぁというような気がしました。
あと、下田の海中水族館が今どうなってるのかも気になりだしてしまいました(笑)。
mihoaqua10.jpgおまけ:出口そばのトイレ(行ってないけど)

by nao :: 01:20 :: diary

line.gif

3 comments


  • 前置きが素敵に長いです。
    雨の事だけ書いて終わるのかと思ったら、ちゃんと水族館に繋げましたね。さすがです。

    しかし娯楽要素が少ない水族館です。
    そして子供の頃から、ここに行く時は必ず曇天か雨。レトロフューチャーというには華やかさが足りない、でもそれが魅力的な施設。子供の頃にこういう施設にハマると、変な大人になりそうです。

    そして“美味”、“冬に美味しい”の表記。少しづつ現実が歪みそう。文学的な趣きすら感じます。

    naoさんも、あと少し、紙一重で“水族館マニア”の仲間入りです。カツオのタタキの事は忘れて、肴を“魚”と書ければ、その先には素晴らしい世界が待っています。蒼い光に照らされた、暗い水底の世界が。

    by カトウト — June 20, 2006 @ 2:28 am

  • クラゲあたりから、かなりぐふふっと楽しませていただきました。:)
    近くにある水族館に私も近々行ってみよっかなーって思いましたです。

    by tomo — June 20, 2006 @ 4:56 pm

  • >カトウ氏
    ふふふ、すみません、なんとなくそんなモードだったのです。(前置き)

    やっぱりカトウ氏のうちも曇天か雨の日でしたか。なぜなんでしょうねぇ。
    それもここんのって小奇麗なイマドキの水族館なら雨の日に行っても“水の中”みたいなステキな雰囲気になるでしょうに、“じっとり”“どんより”なのよね(笑)。それが子供心に強烈に印象付けられるあたりある意味さすがな施設だと思います。
    2階のんにはどんな世界が広がっていたのか、時間がなくて残念でした。(昼間だらだらしてたので自業自得…)
    水族館マニアまで紙一重ですか!精進します(笑)。
    そいえばむかし鳥羽水族館に行ったんですが、新館だったか改修工事中でまた違った感じにどんよりしてた(シロクマがどんよりしてたせいかもですが…)のを思い出しました。

    #本日の晩ご飯はサンマでした。

    >tomoさん
    おほほ、実際にほぼこんなノリで突っ込みいれながらまわっていたのでした(笑)。
    おお、アメリカの水族館、どんなかなー?ぜひ写真撮ってくださいねー。やっぱりポップでかわゆい感じなのかなー?

    by nao i — June 21, 2006 @ 12:46 am


comment!