Oct 31st, 2005

写真を撮るということ

ここのところまた自分にとっての写真を撮る意味を考えたりしている。
まぁ割と常時考えていることでもあるけど。
自分にとっての写真…
とりあえず今時点でのいくつかを記録として挙げてみようかと。

結局のところあまりカメラにこだわりはないらしい。
持っているのは誰もが手軽に入手できる古い大衆機だし、一眼レフにしたって50mmの標準から変えることはまずない。(一応ズームも持ってるけど)
いつかはもっといいカメラ(中判)でびしっとしたものを撮りたいとも思うのだけれども、あたしの被写体に今のカメラはしっくりくる気がする。
ああ、たぶんあたしの身の丈に合ってるってことなんだろうな。
そうは言っても使ってみたいと思うカメラはいくつかあるけれど、そのうちのひとつは専用フィルムの生産終了が決まったばかりで今手を出す気分にはなれなくなってしまった。それに今持っているカメラたちをもっと使いこなしてあげたいというのもある。

偶然か必然か?
どうも必然寄りらしい。

ファインダーを覗いているとき頭の中には文学がいることが多い。
たぶんそれをフィルムに閉じ込めて、後に解凍してるんだと思う。
あたしの中には消えていくものへの執着がおそらくかなり根強くあって、忘れてしまわないためのキーワードという形で自分のものにしようとしている気がする。

結局のところあたしが撮ろうとしているものはモノではなくてコトで、記録ではなくて記憶なんだろうなぁ。
これは今日、誰も住まなくなった木造の廃屋の前を通りかかったときに風が鳴らした硝子戸のカタンという小さな音を聞いたとき、ふいに確信したこと。

写真じゃなくてもいいこと。でも写真を撮ることを知ったから試みられるようになったこと。

by nao :: 04:13 :: photo

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7 comments


  • 「頭の中には文学がいる」って感じ、よくわかる気がします。naoさんの写真から僕がなんとなく感じ取っていたのがそういう感じなんです。
    そういう感じを文字で表す人もいれば、音で表す人もいる。
    でも写真には時間という要素が強く影響しますよね。いやおうなく変化していくものから「瞬間」を切り取るっていう意味では、なかなか緊張感のある世界で、ある種本能的に「瞬間」を捕まえることが才能ってものになるのかもしれませんね。

    by んちば — October 31, 2005 @ 5:18 pm

  • 興味深く読ませていただきました。
    みんな少しずつ違ってるからおもしろいんですね、きっと。

    わたしは間違いなく偶然寄りです :D
    記憶を閉じ込めたいのはおんなじなんだけど、歩いてて見つけた「キレイ」とか「スゴイ」を閉じ込めたいというか。素敵な瞬間をコレクションしてるような気分。

    あ!カメラを集めたくなっちゃうのもこのコレクター癖のせい? :P

    by pukka — October 31, 2005 @ 11:50 pm

  • >んちばさん
    うわ、うれしい。
    ふとね、うちの写真好きだって言ってくれるかたたちって写真つながりじゃないつながりのかたが多いような気がして、それってこうゆうことかなぁなんてこともちょっと思ってたりしたところだったのです。
    あたしなんかは趣味でぱちぱちやっている自己満足の世界なのでシャッターを切ってしまえばそこでいったん解放される感覚が性にあってるみたいです。
    こつこつ文章推敲したり、絵の具を足したり、最高の音を探したり、そうゆう持続して完成させていくのって憧れるけど向いてないっぽいのです…。(過去に何度かオハナシを書こうとして挫折したひと/笑)

    >pukkaさん
    ふふ、これもほんに今時点で思ったこと(しかもケータイから)なのでまた変わってくるものだと思うんですけどね。
    うん、pukkaさんの写真見てるとpukkaさんきっとうれしそうに写真撮ってるんだろうなぁーという感じが伝わってきますもん。そのシアワセ感がpukkaさんの写真の魅力だと思いますです。
    カメラ…pukkaさんのステキカメラ発見能力にはいつも脱帽でございますですよ。(うわ、いいなぁー、うちも欲しいなぁーなんてエントリ読むたびに思うわりに名前もタイプもすぐ忘れちゃうのでした/笑)

    ああ、ちょうど今、某所で“偶然は認知されない必然である”なんて言葉を読んで、なるほどと思ったり。んー、深い。

    by nao i — November 1, 2005 @ 1:35 am

  • なるほど。確かにシャッター切ったら一区切りできるんですね。そういう風に考えたことはなかったなあ。
    僕はつまらないエントリとかメール書くのでも結構時間がかかるというか、ねちねちと文章いじくるのは嫌いじゃないんですが、いかんせん完成品が。。。(^^;
    なにをやるにしてもココロに沸いてくるものをもう少し見つめる努力がいるのかなあなんて思いました。

    オハナシを書こうとしたことがあるということは、オハナシを読むのも好きって事ですよね?
    #勝手に決めてしまいました(^^)
    森 瑶子の「望郷」っていう小説、ご存知でしょうか?僕はこれを読んでとても好きになった場所があるんです。
    旅と写真のターゲット決めるヒントになるかもしれないので、ご紹介させていただきました。
    (おいでおいで作戦の一環でございます。)

    by んちば — November 2, 2005 @ 9:52 pm

  • んちばさんの文章はやわらかい言い回しで素直に読める気がしてます。(“フォーマット”興味深く読ませていただいたのですが、コメントがどうにもまとまらずに断念したのでした。←こうゆうことがあちこちで多々…/泣)
    本読むの好きなのですよ。
    学生のころに比べてだいぶん量は減りましたが。最近はサン=テグジュペリの「人間の土地」読んでます。
    割と洋物が多いのですよ。どちらかというと。そして読むのはたいてい決まった作家のものばかりになってしまうの。
    和物だと小川洋子がお気に入り。後は村上龍。(若いころはハルキのほうが好きだったんだけど手が出なくなってしまったの。翻訳物は読むけど)
    森瑶子は読んだことないのです。今度探してみますねー。「望郷」どんな話なんだろう?わくわく。 :)

    by nao i — November 3, 2005 @ 3:27 am

  • 洋物ではないですが、純粋な和物でもないかな。洋物の好きな方でも大丈夫だと思います。
    今日読み直してみたんですが、相変わらず胸を熱くして読んでしまいました。

    by んちば — November 3, 2005 @ 9:17 pm

  • 前述の小川洋子は“国”の概念がない作家なのですが、また違う感じな気はします。
    とりあえず本屋さんに行くときには探してみますね。 :)

    by nao i — November 4, 2005 @ 3:18 am


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